子供の頃、マンガに接する前からアニメに接していた。
最近、父がipod nanoを購入した。
東京からソウルへと超してきて早1ヶ月。
ソウルの実家にやってきたので、新しい携帯を買いました。(といっても1ヶ月以上たちました)
もう1ヶ月も前の話ですが、3月25日に卒業式がありました。
最近、ソウルの実家に戻ってきました。
わたしの趣味はなんと言っても「ファッション」と「マンガ」です。とくに、マンガにかんしては専門家になりたいくらいなので、[マンガLife]とカッコつきで記事を載せることにします。その第一弾は、先日最新刊が発売された「イキガミ」です。すでにストーリーや設定をご存知の方も多いかと思うものでも、[マンガLife]で扱うすべての作品は物語を簡単に紹介することにします。
「イキガミ」 間瀬 元朗(ヤングサンデーコミックス―小学館)
| オススメ度 | ★★★★★ |
物語を読んでいるような、映画を見ているような・・・・・・。そんなマンガならではの特徴が際立つ作品、「イキガミ」。マスコミでも多く取り上げられ、多くの大人を泣かせているよう。
ストーリー:
平穏もしくはひどく不満だった日々を送っている中、自分の命があと1日だと告げられる―人はどのように変わるのか、またこの1日で何が出来るのか。ある時代の日本。国民に生きることの大切さを知らせるために政府は「国繁法」を導入する。全国民が1/1000の確立であらかじめ決められた時間に死ぬことをを義務付けられる。該当者には死亡時刻の24時間前に「死亡予告証=逝紙(イキガミ)」が渡され、この時初めて自分の運命に気づくのである。この24時間をどのように過ごすか―これが「イキガミ」の主軸となっている。
レビュー:
この作品の基盤である「国繁法」の趣旨は残された人々が「仮に逝くのがわたしだったら―」と考えさせ、命の大切さを再認識させることにあります。ですが、物語の回を重ねていくうちに、本当に大切なのはただ「命」なのではなくて「あなた」であることを気づかされてしまうのです。わたしにある命を大切にして生きていこう、じゃなくて、あの人を大切にしたい、というそんな暖かくて切ないきもちがうまれてきて、そばでのんきにしている人に思わず「ただわたしのそばにいてくれてありがとう」と言いたくもなります。
ところで、いまわたしたちに突然の死を受け止める勇気はあるのでしょうか。死んでしまうのがやり残したことばかりの自分のものであっても、いっしょにやりたいことがたくさんあった大切な誰かであっても、やり残したことがあるという事実から目を背けずに残された時間だけを受け止められるのでしょうか。今の時代、わたしたちは人は明日が毎日来るように、未来が永遠にあるかのように毎日を無駄に生きてしまいます。本当に明日があるのか分からないまま、大切な誰かを傷つけてしまいます。後悔したことをやり直そうともしません。
過去では天の定めとして死を待つことしか出来なかった病もいまや医療技術の発展により完治したり、延命できるようになったからでしょうか。誰もが(病)死から救われる可能性を持つようになったとも言えます。その反面、自動車に代表される科学技術の発展の産物は、かつてなかった類の事故死の可能性も同時に産んでしまいました。事故のだけではなく環境汚染が原因とされる未知の病も増えています。
本来、死というものは、人の手でなんとかできるものではありませんでした(意図的な殺人は別ですが)。しかし、この時代では命を人が操っていて、死から救うのも人の手、また死をつくり出すのも人の手です。だから、人は死を恐れるようになったのかもしれません。誰もが死の可能性にあふれていて、また助かる可能性にもあふれている。だから、臆病になり、死ぬことから逃れるための毎日を送るようになっってしまったのでしょうか。
でも、目を逸らしてはいけない。命があるから死が訪れるのです。命と死は常に隣り合わせで、コインの裏表のようなもの。
とある映画の予告にあったように、命を持つ誰もが、「これから死ぬ予定のある人」なのだから。明日死ぬつもりで今日を生きろとは言いませんが、誰もが死ぬ予定を持っているということを、忘れてはいけない。毎日ではないけど、それをちゃんと思い出して欲しい。
作家である間瀬さんは「イキガミ」を受け取った主人公たち、その周りの自分たちは死を受け入れるまで激しい感情の変化をとてもゆっくり、そしてとても濃く描いています。だから、そのきもちが心にじわじわとしみこんできます。
現実なのに自分の中では現実とならない死を目の当たりにして、それまでの人生を振り返って自らの愚かさに気づいたがための怒り、自分の人生を不幸にした者へ向けられた憎しみ、残して逝かなくてはいけない人がいるという悲しさ・・・・・・。それらを乗り越えて初めて「イキガミ=死」が彼らにとって現実になるのです。
自分がもうすぐ死ぬことが分かったら、あなたはどうやってそれを現実として受け入れますか?
わたしとか、ほとんどの場合、プライベートが自分の周りでとどまってきるような種の人間は、こういう場で好きなものを割りと自由に表現できちゃう。
でも、そうじゃない人っていっぱいいるんだよね。先生とか、って一番そうなんだろうな。誰よりもプライベートを楽しんでいる主の人間だと思う。
大学の先生とか、塾の先生とかはちょっとちがうけど。とくに中学高校の先生はそうじゃないかな。教師は学校の中の芸能人のようなもので、表であるべき姿がけっこう決まっちゃっている。素の自分の知られることにある種の恐怖のようなものを持っていて、プライベートは徹底して守らなければ、と必死になっているはず。どこかでしゃれた名前を使ってマニアックなBLOGを一生懸命更新しているんだろう……。
朝晩少し涼しくなってきましたね。もし好きな秋物の服や靴を1つだけ買えるとしたら何を買いますか?
まずは好きなブランドのひとつ、BENETTONの秋冬コレクションから候補をふたつ。
なんといっても、BENETTONは息を詰まらせるような美しいニット物が大好きです。
しかも一年中魅力的なニットがたくさん・・・・今シーズンも期待を裏切らず、涙が出るようなものがいっぱい・・・・!といっても、ニットって物によってはありえないくらい高いんですよね。
なので、毎シーズン欲しいものを涙ながら絞っています。今シーズンはとりあえずカタログの中から2品に絞りました。ひとつめは、秋冬カタログの表紙を飾っているグレーとピンクのダイヤ柄のポンチョ。写真は乗せられませんが、オフィシャルHPに行くとデジタルカタログが見れます。http://www.benetton.co.jp/だぼっとしたタートルネックにあのボタンがまたいいんですね。
そして、ふたつめは、メンズもののようにたくましく美しいヒールの靴。基本はカウボーイブーツのようなデザインですね。ちょっと珍しい感じがしたので早めにゲットしたほうがいいのと思います。
そして次に、これもまた好きなブランドのZARA。その中でもTRFコレクションのパンツが好きで、いま狙っているのはコバルトブルーより濃くで足首までのちょいとスキニージーンズ。この色がまたまたきれいなんです。このジーンズと先ほどのBENETTONの靴がとっても似合いそう!!!あー想像しただけでしびれます!
ですが、今シーズンはどの子をゲットできるのか・・・・。いまだ不明です。
だれもが究極の美しさに憧れ、手に入れようとする。
が、なかなか手が届かない。
ガラス越しで、キレイな紙の上で優雅に踊るあの女たちをときには羨み、ときには批判し、ときには憎む。
ヒトがつくり上げただけのウツクシサに、ヒトは感動したり、興奮したり、嫉妬したり、自分と比べて自分に不幸を与える。
でも、不幸を生きることはツライ。
だから、
あのヒトはたしかに美しいかもしれない、でも、ほんとうはあのヒトより私のほうが優れているんだから・・・。
と、これもまたつくりあげたウソでアタマとココロを麻痺させて、幸せを与える。
いやだ、いやだ。
ヒトはみな自分を生きているんだから、本当は自分が一番美しい。いや、絶えずそう信じたがる。
でも、目の前に突き出された現実というもののせいでココロはどろどろになって醜い自分を生きてしまう。
自分が一番美しくなれることなど、永遠に不可能で、だれが一番美しいなんて、あるわけがない。
それでも、あのヒトはわたしより輝きをもっていることが耐えられず、憎しみを生む。
わたしじゃないヒトがわたしより美しくても平穏に生きるためには、
自分が一番美しくなるか、それともそもそも自分が醜いことを自覚しなければよいのだ。
いい携帯発売されたら変えてみなよ>< read more
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